チチェン・イッツァは、メキシコで最も有名なマヤ遺跡であり、そのピラミッドの美しさは本当に目を引きます。
あけましておめでとうございますっ!
ゆめぽろですっ(^o^)丿。今年の新年はグアテマラのパナハッチェルの日本人夫婦宅で迎えることになりそうです(この日記は1ヶ月以上前のメキシコのチチェン・イッツァですが)。今年もよろしくお願いしまーす☆
さてチチェン・イッツァはこの時期、昼はかなり暑くて夜は過ごしやすい気温でした。
2007/11/18の夕方、メリダからの長距離バスで、ピステというチチェン・イッツァ近くの町へ到着しました。チチェンの宿は高いので2km離れたピステに宿泊することにしたのです。バスを降りてから宿を探して、一番安そうなポサダ・イン・マヤという安宿を見つけたのでチェックインしました。
11/19は朝から、遺跡入口まで2kmくらい歩いて、
チチェン・イッツァ遺跡[
観光詳細](Chichen Itza)へ行きました。ユカタン半島には多くのマヤ遺跡が点在してますが、その中でもチチェン・イッツァは最も有名な遺跡です。
セノーテ(聖なる泉)を中心に栄えたイッツァ人が築いた宗教都市だと言われています。
このチチェン・イッツァ遺跡は、最近投票で決定した新世界七不思議ってやつでも第1位に選ばれたそうです。しかし長期旅行者の間では「観光地化されすぎてる」「入場料が高い」「ピラミッドなどに登れない」「見所が少ない」などの理由で敬遠されてます。これらには確かに私も同感でしたが、実際行って見ると、あの大ピラミッドは他では見れないくらい美しいし独特なので、一生に一度は見る価値はあると思います。

建造物は大きく分けて2つの時代のものが混在しています。まず6〜7世紀頃のマヤ古典期に栄えた(
旧チチェン)けど、やがて遷都したので放置され、次に10世紀頃に好戦的な
トルテカ人の影響を受けたマヤ人(
新チチェン)が戻って来ました。
遺跡の入口からすぐ大きな広場へ出ます。そこでは
エル・カスティージョと呼ばれる、高さ30m近い大ピラミッド(大神殿)が目に飛び込んできます。新チチェンの時代に完成したとされ、マヤのピラミッドでは珍しく4方面全てに階段があります。階段は1面に91段づつあり、それが4面なので、91×4=364段、頂上を加えるとちょうど
1年の日数365になります。
また春分、秋分の日には階段下の蛇の像に、
羽が生えたような影が見えてくるそうです。これはトルテカの神ククルカンという羽毛の蛇を再現したものですが、マヤの天文学や数学の高度な水準を物語っています。残念ながら現在はピラミッドに登ることは出来ません。

すぐそばの
球戯場はマヤ遺跡では見飽きたものですが、ゴムボールを手を使わずに小さな輪の中へ入れて競い、勝ったチームのキャプテンが栄光を担って
生贄とされます。その斬首される姿が球戯場の壁にレリーフとして描かれています。
ピラミッドと反対側の
戦士の神殿には、
トルテカのトゥーラ遺跡にあったような石柱が数え切れないくらい立っています。神殿の上部の
チャックモール像には、生贄の
心臓をささげたそうです。
球戯場と戦士の神殿の間の道を奥まで歩くと、大きな
セノーテ(聖なる泉)があります。ここはメリダで行ったセノーテと違い、泳ぐことは出来ません。そもそも誰も泳ぐ気はしないと思います。

マヤ人は干ばつになるとセノーテへ財宝や生贄を捧げました。そしてセノーテの底からは数十人分もの骨が発見されたそうです。財宝も発見され、メリダのユカタン人類学博物館に展示されています。
南へ歩いていくと、旧チチェンの遺跡が見れます。
カラコル(天文台)は、新チチェン時代に改築されたそうですが、円形ドームが見事です。また観測用の窓は正確に真南(子午線)、月没の最北線、春分・秋分の日没・月没の最北線を見れるよう設計されてるそうです。
高層の墳墓というピラミッドもきれいに復元されてます。ここでは5つの偽装墳墓と、本物の墓が発見されたそうです。

半日くらいかけて遺跡を見た後、入口のバスチケット売場でチケットを買い、またピステまで歩いて戻りました。そしてバックパックを受け取ってからバス乗場まで行き、次の都市
カンクン行きの長距離バスに乗りました。
それでは、今年も皆さんにとっても私にとっても良い年でありますよーに★おやすみなさーい(-_-)zzz「コテッ」
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